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やくしじBlog 「みんなちがって、みんないい。」

TPP交渉参加?その前に・・・

野田首相は本日の参院予算委員会で、交渉参加を決断した経過などを説明しました。

それにしても、総理が渡米前に日本国民へのメッセージとして残した「交渉参加に向けた協議」という言葉の真意が、私には、どうしても分かりません。

授業開始のベルが鳴っている時に、学生が入り口でうろうろしているとします。私が、授業に参加するのかしないのかを尋ねた際に、「僕は授業に参加したいのだけど、両親が反対しているので、受講するかどうかをまず先生と話し合わせてください」と学生が言えば、それは参加する意思がないと私は受け止めるでしょう。単なるパフォーマンスに過ぎないと私の目には映ります。しかし、「受講するのであれば、歓迎だけど、皆が待っているから、後で・・・」とその場は繕うしかありません。

もし、その後、会いに来たならば、「そんな気持ちで授業を受けても、全く意味がない、身にならない」と受講を断るでしょう。

子どもではないのです。自分の意志で自立して動けない、その迷いを他人のせいにしてはなりません。もし、それが事実だとしても、いつかは「YES or NO」を、自分自身が決断しなければならないのです。皆にいい顔していたら、いつかは自分の人格までが潰されてしまいます。誰にとってもいい人、誰にとっても有益な政策は存在しないのです。悪者になる覚悟がなければ、政治家など務まるわけがありません。

「この期に及んで何を言う?」

その言葉の曖昧さが日本の信頼を失墜してきた過去の反省がまるで活かされていません。それどころか、間違えなく、今回の声明で、各国は、日本が交渉参加するとの認識を持っているにも関わらず、今日の参議院予算委員会での答弁では、「交渉に入らないという前提もないし、入るという前提もない」という言葉。

日本文化の良さである「和を尊ぶ」「あ・うんの呼吸」「以心伝心」「察する」など、海外、特にアメリカ社会では考えられません。国内のこの微妙な雰囲気を、言わずしても察してほしいなど、甘いことを考えたら、すでに交渉に入る資格はありません。「心構えができるまで交渉を開始するな!」交渉術の常識ではないですか。

無理な要求をしてきても、それを逆手に取り、相手の要求をのむことによって、こちらも何かしらの要求を手に入れ、通していく。どうして普通の交渉術が政府にはできないのでしょうか?お小遣いを上げてほしい子供の方が、よっぽど交渉が上手です。

「木を見て森を見ず」

現在の日本政府の視野狭窄に、良い治療法は残されているのでしょうか?

ピンチはチャンス

この1週間、「TPP」という言葉をニュースで聞くたびに、吐き気と目まいがしそうになります。

最近の政治は、どうして極論に走るのでしょうか?ありえないことばかりが議論され、このままでは、本当にアメリカに足元をすくわれてしまいます。海外から見ても、識字率も高く、知識豊かな日本人たちが、このような議論をしていること自体が滑稽に映ることでしょう。

TPPへの参加で、日本の農業がつぶれるわけがないでしょう。日本の医療体制が崩れるわけがないでしょう。「TPPに参加しなければ、日本は崩壊してしまう」などありえないでしょう。

もっと、政治家はじめ、関係団体も冷静になり、国民に不安だけを与える行動や報道は控えてほしいと願います。

どうも、この問題の本質から、今の政治や報道が「ずれている」気がしてなりません。

TPP問題がここまでこじれてしまった今、早急にやらねばならぬのは、「TPPの交渉仲間に入るのか否か」の議論ではないはずです。

今後も、外国から次から次へと無理難題を押し付けられることでしょう。その度に、このような醜態を海外にさらし、すでに信頼を失墜している日本の評価を、さらにおとしめることは許されません。

そのような時に必要になるのは、会社で言えば「経営理念」、日本では「国家経営理念」ではないのでしょうか?

経営理念とは、「会社や組織は何のために存在するのか、経営をどういう目的で、どのような形で行うことができるのか」、ミッション(使命)・ビジョン(志、展望)・バリュー(価値観)を示すことです。困ったとき、迷った時には、企業理念に立ち戻り、回答を見つける、それが本来の役割です。

日本の「国家理念」は、皆様ご存知でしょうか?

そうです憲法です。しかし、そこには、経営理念は盛り込まれていません。

戦後50年の国家経営理念は「技術大国日本の創造」だったのではないでしょうか?

11月に迫っているAPECという期限にとらわれず、東北の復興を足掛かりに、「21世紀型の新たな日本都市構想」そして、新しい「国家経営理念」を作成すべきではないでしょうか?政権交代があろうと、簡単に覆せないだけの崇高な理念、国民が目指すべきゴールが、今こそ必要だと思いませんか?

その上で、そこに到達するために、本当にTPPの交渉に参加する必要があるのか、参加するのであれば、どのような条件を勝ち取るべきなのかを考えるべきです。

小手先の解決法では、改善は望めません。

抜本的な解決を!今こそ実行できる強いリーダーが求められています!

TPP=皆保険制度崩壊????

毎日ニュースでは、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に交渉参加すべきかどうかの議論が報じられている。ワイドショーも、この話題でもちきりである。

医療業界では、TPPに交渉参加することによって、皆保険制度が崩壊するとまでエスカレートした議論が行われ始め、国民を不安がらせている。

ちょっと待ってほしい。

いきなりTPPに参加し、規制緩和が強制的に行われるのではない。まず、交渉のテーブルにつくだけなのだ。

24分野にわたる包括的な交渉が行われる今、交渉のテーブルにつかなければ、さらに悪い条件で日本は参加を迫られることになるだろう。皆、自国の利益が優先し、世界経済にも影響力がなくなった日本のことなど、頭のすみにもないはずだ。

日本は今まで様々な外交交渉に負けてきた。しかし、ここはメリット・デメリットを冷静に分析し、少しでも有利な条件を勝ち取らねばならない。

決して感情論で判断してはならない。

ましてや、目先の「票」のために、日本の将来を安く売りとばしてもらっても困る。

関税撤廃で、外国勢力を恐れることはない。

牛肉もみかんも「自由化すれば国内生産者は潰れる!」と反対論が叫ばれたが、結果はどうだったか?

日本にとって、アジア太平洋地域は、無限の可能性を秘めた市場である。しかし、人口も減少し高齢化社会を迎える日本は、すでに世界から「美味し市場」とは思われていない。

「素晴らしい日本製品や技術を海外で展開する!」もっと前向きに、強気で交渉を進め、有利な条件を勝ち取ってほしいものだ。

しかし、なぜ医療界は、そんなに医療の規制緩和が怖いのだろうか?

医療は人の手によって行われる。質の担保も技術の向上も、我々医療者の手にかかっているではないか。

規制緩和の審議会にて委員をしている時に、規制緩和に反対を貫く厚労省を見つめながらいつも思っていた。

「そんなに私たち医療者が、信用できないですか?」

皆保険制度を崩壊させるも、さらに良い制度に改革できるのも、医療者自身の努力次第ではないだろうか。医療者がモラルハザードを起こさぬ限り、日本の医療は、皆保険制度は、守られるはずである。

正しい情報がないまま、原発の時と同様にパニックを起こさないでほしい。

このまま内向きの日本経済では、皆保険制度を維持することの方が難しい現実を、今こそ皆に見つめてほしい。

残された時間は、少ない。

一人の母親として、力点を自由化に備える国内改革に移し、世界競争に勝ち残れる日本の基盤整備を急いでほしいと願っている。

「みんなの政治塾・愛知」卒塾式

10月15日は、みんなの党愛知にとって、記念すべき一日となりました。

参院選後に始めた「みんなの政治塾・愛知」。初めての卒塾式が行われたのです。

一期生最後のこの日は、地域担当「小野次郎参議院議員」にもおいでいただき、卒業証書の授与を行いました。21名の卒塾生の晴れやかな姿に、私、薬師寺も感動でした。

党本部から国会議員の皆様も応援に駆け付けていただき、この1年間、政策や選挙活動を共に学んでまいりました。

奇しくも、今年は4年に一度の選挙イヤー。

学びながら、予定外に自ら出馬を決意した者、選挙事務局として活躍した者、次の選挙の準備に余念がない者、皆、それぞれにみんなの党の信条を貫くため、自らを成長させてまいりました。

式の前に行った街頭演説では、マイクを持ち、堂々と自らの思いを主張しています。1年前には考えられなかった姿です。私の出る幕はありません。

政治が遠い存在であった昔とは違い、今では、選挙も誰でも何時からでも挑戦できる身近な存在になってきました。

しかし、選挙は、ポスターを貼るだけの、生易しいものではありません。手を挙げたその時から公人になり、一挙手一投足が世間から注目されるのです。否が応でも、目立つことが要求されるのです。泣きたくても泣けない、笑いたくても笑えない、24時間365日、自らをコントロールすることが要求されます。良くも悪くもうわさの的です。誹謗中傷の的なのです。自分だけだったらまだ許されます。しかし、その矢は家族にも飛んでくるのです。

芸能人のように、目立つことが好きでパフォーマンスをする世界ではありません。今までは普通に過ごし生活していた一般人。特に目立つ存在でもなかったはずです。そんな普通の人間には、常に自己主張を続けなければならないこの世界は、本当に辛いだろうと思います。

社会の疑問を、自分のプライベートをなげうっても解決したい。家族に犠牲を払ってまでも、世の中のゆがみ・ひずみを直したい。よほどの強い思い・覚悟・信念がないと、政治の世界には足を突っ込むべきではありません。

しかし、その現実をこの1年目、目の当りにしながらも、21名は諦めませんでした。

きっと、次の選挙ではこの21名が大きな花を咲かせてくれることでしょう。それを信じて、心からのエールを送ります。

おめでとうございます。そして、これからが本当の勝負です!

日本よ、今こそ世界に学べ!

アメリカの経済格差の拡大に抗議する若者たちの運動、「ウォール街を占拠せよ」が4週目に入りました。

格差社会や高い失業率への憤りが賛同者を増やし、ウォール街から全米の主要都市に、そして海外にも飛び火する勢いを見せています。

一方、ギリシャの財政危機から始まったヨーロッパの信用不安。

ついに、初の破たんが起こり、フランスとベルギーの両政府は、経営危機に陥っている大手金融グループの「デクシア」を、分割・再編することで合意しました。

市場主義を選択し、貧富の差、格差社会を作り上げたアメリカ。平等に与えられる機会を活かし、勤勉と努力によって勝ち取ることの出来るものとされる「アメリカンドリーム」は過去の栄光。米国の富裕層1%が全国民の所得の2割近くを手にするこの国では、命さえも、すでに平等ではありません。健康に生きることさえも、平等に機会を与えられていないのです。

日本では、当たり前に全国民が持っている保険証。アメリカでは、人口の15%が無保険者、その人数は5000万人を下らないとさえ言われています。彼らは病気や怪我をしても病院にも行けず、医療ボランティアによって命を支えられているのです。

病気のために家を売る。手術のために破産した。日本では考えられぬほどの医療費が、病気と共に、その家族にも降りかかってくるのです。

一方のギリシャでは、何が起こったのでしょうか?

歳出の大半を公共投資に回し、経済成長を促した結果、公的部門ばかりが膨れ上がり、就業者数の1/4が公務員と言われる「公務員天国」を創り出してしまったのです。公務員同士の馴れ合いの中で、自らに甘くなった政府は、自国の借金を隠した信用危機から、債務危機を引き起こしてしまいました。

長年の財政危機の中でも、誰もその本質に触れず、現状把握さえなされていなかったギリシャ。公務員の給与水準は一般よりもちろん高め。給与の圧縮に、公務員の労働組合はデモを決行。国民も税金逃れのために、不正申告は当たり前。不名誉なことに医師はその代名詞のようになっているようです。

両極端のこの2国の財政問題から、日本は何を学ぶべきなのでしょうか?

競争原理にも曝されぬと、東電のように自己管理もできなくなる。一方、命をまもるために社会保障制度の財源も確保していかねばならぬ。守るべきもの、鍛えるべきものを明確に判別し、無駄な歳出は抑え、効率的な投資を続けていくという、ごく当たり前の政策を実行しろという教訓。

そして、何より「自国の利益より、自らの身がかわいい政治家や官僚はいらぬ」という教えではないでしょうか?

凡事徹底(ぼんじてってい)

本日は、久しぶりに、切れの良い「渡辺節」が、東海の地に響き渡りました。

浜松の舞阪に舞い降りた「みんなの党 渡辺喜美」が静岡参議院支部長 河合純一さんと共に「原発依存」や「現政権の迷走ぶり」について、一刀両断。聴衆の皆様から拍手をいただきました。

静岡と言えば、浜岡原発。福島の惨事は他人ごとではありません。

それも最悪なことに、東海地震の想定震源域の真上に浜岡原発は建てられているのです。

中部電力浜岡原発の立地する御前崎市議会は、9月定例会本会議で、国による運転停止要請を受けた同原発について「安全確認について見通しを示し、国が地域住民に丁寧に説明すること」などを求めた意見書を全会一致で可決しました。

一方、運転停止中の中部電力浜岡原発から半径10キロ圏に位置する同県牧之原市議会は先月、「確実な安全・安心が担保されない限り、永久停止すべきだ」との決議案を賛成多数で可決しているのです。

立地市と周辺市との間で運転再開を巡る認識の違いが鮮明になりました。

それもそのはず、御前崎は、市財政の4割以上を原発関連の交付金で賄う「原発城下町」の一つ。全面停止は地元経済に打撃を与えたのです。

市民の命を守りたい、しかし、市の財政危機では市民を守ることさえできない。ジレンマの中で、どちらの決定もそれぞれが理解できるところです。

これは原発行政だけの問題ではありません。過疎地の地域活性を、原発立地の補償金という甘い罠でごまかし、そこから脱局する術を与えてこなかった、過去の行政の過ちでもあるのです。

このような対立の中でこそ、今求められているのが、「政治の強いリーダーシップ」だと思いませんか?

しかし、こちらに聞こえてくるのは、復興増税額について巻き起こっている政権政党内の不協和音ばかり。

まだまだ迷走を続ける政府与党。

それを尻目に、問題解決のためには何が必要なのかを考え、みんなの党は、多くの議員立法を国会へ提出しています。

それが国会議員として当たり前の仕事だと思いませんか?今、この非常時、勢力争いに勤しんでいる時ですか???

皆様も是非、その内容をHPでご確認いただければと思います。

http://www.your-party.jp/

誰がやるのかではなく、何をやるのか。それが、我々の主張です。

自然の驚異?人間の怠慢?

まず、台風で被害に合われた皆様へ、お見舞い申し上げます。

本当に恐ろしい雨風でしたね。「バケツをひっくり返した」という表現は、このためにあったんだと実感いたしました。

大震災の後、避難用具を揃え、「これで万全!」と思っていたら、まさに想定外。尋常ではない雨風の前に、ただただ怯えることしかできませんでした。

「人間は自分たちの能力を過信し過ぎている」

そう自然が訴えている気がしてなりません。

地震・津波・台風・・・。

自然災害に対して人間の創り出したものは何と弱いものなのか。自然の驚異を目の前にして、人工建造物は100%の安全などありえないことを、何度も目にしていたはずです。しかし、まだ、「まさか自分には起こるまい」と楽観的に受け止めている方も多かったのではないでしょうか?

今回の台風では、名古屋市で、避難勧告が100万人以上に、避難指示は8万人に出されました。しかし、実際に避難したのは、5千人弱。その上、職員も避難所に常駐させず、避難所に備蓄食料があるのに、避難者に配らないミスがあったことも分かってきました。

また仮に、勧告を受けた全員が避難した場合、 受け入れ場所の確保は難しいという信じられない事実も浮き彫りになりました。

「避難勧告って何?避難指示と何が違うの?」という方も、私の周りには少なくありません。考えてみたら、災害対策について学んだこともなく、知らなければならないという意識も薄かったはずです。

今度こそ、真剣に防災について国民全員で議論し、学びませんか?

自治体も本気で想定外の事態に対して、制度を整えませんか?

学校でも、自らの身を守る術を教える教育も始めませんか?

しかし、日本は過去に学ぶということがどうも下手な国のようです。

世界最高水準の安全性を保っていたはずの原発が、あれだけ大きな事故を起こしたにも関わらず、日本の総理大臣が「今後、原発の安全性を世界最高水準に高め・・・」と国連会合という世界の大舞台で訴えているくらいですから・・・

誰のための政治なのか?

人民の人民による人民のための政治

(government of the people, by the people, for the people)

エイブラハム・リンカーンが、南北戦争の激戦地となったゲティスバーグで戦没者を祀った国立墓地の開所式での挨拶の中の言葉として有名です。これは、民主主義の本質を語ったものとして世界的に知られています。

リンカーンは、教科書でもお馴染み、第16代アメリカ合衆国大統領。初の共和党所属大統領。偉大な解放者 (the Great Emancipator)、奴隷解放の父とも呼ばれています。

私は、この言葉が大好きです。

なぜなら私が目指している医療が、まさに「人民の人民による人民のための医療」だからなのです。

医療は医師が施すものではありません。医療は医師の金儲けや名誉のために行う行為でもありません、ましてや患者さんは医療を医師任せにしてはなりません。

患者さんは自ら立ち上がり、病と闘わねばなりません。そのためには、身体や病について勉強し、医療者・家族とともに、治療チームの一員として自らの治療にあたっていただきたいのです。

これから考えて、今の政治はどうでしょうか?

野田内閣の支持率60%・・・?

経産相の辞任と枝野氏就任!

融和を重んじるがあまり、まさに内向きの人事・派閥人事に徹した結果がこれでした。

このような事態の収拾に、「即戦力を重視」した人事が行われたとの報道に、誰もが首を傾げたことでしょう。復興のため、原発問題の解決、そしてまさに崖っぷち日本経済のために、経産相の人事が重要ではなかったのでしょうか?即戦力もない素人大臣が任命されていたこと自体が理解できません。

一国民として、私は声高に叫びたい。

「民主党の民主党による民主党のための政治は止めてくれ!」

もっと、我々も政治の本質に関心を持ち、すべて政治家任せではなく、日本国民の一員として、日本という企業の経営に関わるべきではないでしょうか?

成熟した社会への道のりは、まだまだ遠い・・・

一時的な風任せ・人気取りのフィーバー選挙をまず克服し、地に足ついた選挙を行わなければ、日本社会の明日がないと感じてしまうのは、私だけなのでしょうか?

増税?本当に納得できますか?

野田新政権が発足し、財政再建に向けた消費税増税断行へ大きく舵をきった。

本当にこれでいいのですか?

「震災もあり、増税も仕方ない」国民の半数が増税に賛成。

本当にそれでいいのですか?

社会保障と税の一体改革成案では、高齢化社会に向けての増税の方向性が報告された。

本当に信じていいのですか?

もう一度、立ち止まって冷静に考えてほしいのです。

「日本人は、人が良くおとなしい」、海外でも定評がある。でも、人が良すぎやしませんか?

何度警告しても、オレオレ詐欺が後を絶たない日本。

政府が「お財布が厳しいんだ」と言えば、すぐにお小遣いを渡す。何に使ったのかも聞きもしないで・・・・

今回の原発事故でも、政府の無駄がムダを生む構造が明らかになったではないですか?

「政府には無駄などない」という官僚の皆さまにお尋ねしたい。

・原子力安全・保安院はなぜ機能しなかったのか?

・保安院に属する数えきれないほどの審議会や研究会は、今まで何をしていたのか?

・経産省から、なぜ東電に天下るのか?

・原子力安全基盤機構、日本原子力文化振興財団など数多くの天下り法人は存在意義があったのか?

・核のごみの最終処分場もないまま、原子力政策は何を目指しているのか?

原子力政策一つとっても、構造・システムの破たんは明白である。経産省を中心に政府が拠出する原子力予算は年間約8370億円(2011年度概算要求額)。これを政府全体で考えたら、無駄の山・山・山・・・・総額がいくらになるのか想像もできない。

破たんし無駄を生む「構造」はそのままに、増税しても元の木阿弥。

増税・借金・増税・借金・・・同じことの繰り返し。

今、やらねばならぬことは、増税ではない。真の構造改革だということがはっきり見えてきた。

見せかけだけの事業仕訳ももう要らない。構造はできるだけシンプルに、国民に向かい合うための組織改革を断行する時ではないだろうか?

「たとえつらいことでも真正面から引き受け、真摯に臨むなら国民は必ず理解してくれる」

辛さを国民に強いる前に、官僚・議員自らの襟を正せ!

「増税の前にやるべきことがあるだろう!」再び叫ぶ時がやってきた。

オレオレ詐欺に二度と引っかからぬために、しっかりと新政権が「何をやるのか」を共に見極めてほしい。

木を見て、森を見ず

さあ、いよいよ明日は民主党の代表選である。

誰しもが次の総理大臣が誰になるのかは興味があるところ。しかし、盛り上がっているのは、民主党の国会議員だけ。世間の風は冷たいようである。

しかし、今の政治家は、どうして小さくまとまってしまったのだろうか?

いつもは「国民の生活が第一」と、票のためにばらまきをする政党でさえ、今回の代表選では、国民の方では見ていない。テレビでも、携帯を手に持ち、各国会議員に支援を訴える議員の姿が映し出される。その姿にも呆れるが、その中身はさらに情けない。政策など全く関係ないのである。一部の議員は、「選挙後の自らの処遇や派閥が大切、政策は二の次だ」と豪語している。

今回の代表選でも、部分最適ばかりが討論され、 全体最適、将来の日本をどのように導いていくのかの議論には程遠い。

政権与党は、沈没しかけた日本丸を、どこに寄港させ、修復させようとしているのか?このままだと、やっつけ仕事で、とにかく走れるだけにして、航海図もなく、さらに危険な大海原に漕ぎ出そうとしているようにしか私には見えない。

日本再生のためには、場当たり的な政策は必要ない。もっと、長期的な視野で日本の将来を議論してほしいと思うのは、私だけであろうか。

部分最適は日本のお家芸のようになっている。それが縦割り行政である。

縦割り行政の弊害こそ、日本丸沈没の元凶ではないか。それがこの大震災、そして原発人災によって、さらにその問題点が浮き彫りになっている。

子どもたちを放射能汚染から守りたい!

福島から来た子を持つ親たちが文部科学省前に集結し、文科省が定めた学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安として「放射線量年間20ミリシーベルト」の撤回を訴える。しかし、文科省のお役人に放射能の怖さなどわかるわけがない。人間の健康については、厚生労働省が管轄。さらに、原発については経産省、汚染については環境省。一つの問題を解決するために、どれだけ、たらい回しにされたらよいのか。皆、責任逃れ、何処も問題を総合的に解決はしてくれないのだ。

だから、国家戦略局が必要だと言ったではないか・・・

この有事にも、真のリーダー不在のこの国は、危機感もなく、わが身がかわいい官僚と政治家によって、今日も粛々と業務範囲を逸脱しない慣例に乗っ取った部分最適の仕事が行われていくのだろう。

幼児教室で先生に「あなたの大切なものは何ですか?」と聞かれたわが息子。

息子「はい!森です!」

先生「・・・・・・」

5歳の子でも一日で教育効果は上がったのに。しかし、その解釈は、教室の先生に、ちょっと難しかったのかもしれない。

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プロフィール

薬師寺道代
(やくしじみちよ)

愛知みずほ大学大学院特任教授・医師
(専門:生命倫理・医療政策・緩和医療・医療コミュニケーション)
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