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2011-12

一年の終わりに・・・

さあ、今年も終わり。

私、薬師寺にとっても、そして、日本にとっても激動の一年でした。

愛知県知事選から、地方選へ突入。名古屋市市議選の最中、あの大震災が起こりました。

それから6月までは、選挙での街頭の毎日。

選挙中は、自分が時々、どこを歩いているのかもわからなくなる瞬間がありました。自分は何者なのか、果たして今やっていることが正しいことなのか・・・自問自答の毎日でした。

ただ、心の中にあるのは、

「リーダーになることを忘れるな。リーダーであることを忘れるな。」

その言葉だけでした。

「政治的リーダー」になるということは、物事を決定しなければならないということです。政策を実行するには、必ず、裏・表の両面が存在します。得をする人がいれば、必ず損をする人が出てきます。だからこそ、リーダーは万人に愛されるということはありえません。「嫌いだ」という人多ければ多い程、「好きだ」と言ってくれる人も多い。だからこそ、人から嫌われることを怖がってはいられません。女性の精神にはきつい仕事だと思うことも多いのです。

街頭で人の目にさらされながら、自分の主張を繰り返す。これも辛い仕事です。しかし、街頭で堂々と自分の意見も言えない人に、議会で討議できる能力があるとは思いません。陰でコソコソと動くからこそ、政治がダメになってしまった歴史があるではないですか。

選挙を戦うたびに思います。私は政治屋になりたいのではない。ただ、医師として母として、「国民の命を守る」という自分の使命を考えたとき、今、やらねばならぬことはただ一つ。医療・介護・教育のシステムを抜本的に改革することだと。女性が女性らしく、人がその人らしく仕事ができるためにも、必要な政策なのです。その夢を果たすまで、諦めることはできません。

政府の審議会委員として、何もできない無力感。既得権益や官僚の怠慢を目の当たりにしても、「バッチをつけていない者には、決定権も何も与えられていない」という現実を思い知らされた10年間。誰にも頼らず、何物にも左右されず、何が何でも無我夢中で進んで来ました。

だから諦めません。一度や二度の敗北で、倒れてしまえば、誰も問題の本質に切り込むことはできないと分かっているからです。

しかし、今は一人ではありません。思いを共有できる仲間がいます。そして、それを応援してくれる仲間がいます。共に戦ってくれている仲間がいます。

「もう、この思いに迷いはありません」、そう皆様に、お話しできる日も近いでしょう。

来年度もさらに激動の一年となりそうです。

本年もお世話になりました。

脱「正直者が馬鹿を見る社会」

明日は、クリスマスイブです。

今年一年、暗い話題ばかりだった日本も、年末に向け、ようやく明るさを取り戻してきたように見えます。

でもそれは、表面だけ。一方で、東北の復興問題や税と社会保障の一体改革など、来年度に持ち越される問題も山積しています。

私がいつも年末を迎えると思い出すのは、「年越し派遣村」です。

2008年の年末、霞ヶ関の官庁街に隣接する日比谷公園で、派遣切りに遭い年越しが難しくなった人々のために、多数のNPOや労働組合が中心となり、炊き出しを行いました。その間、約500人の失業者が派遣村を訪れ、その姿には多くの国民が心を打たれました。

しかし、ふたを開けてみると、集まった寄付金5000万円の使途明細も不明。4000件以上の住み込みで働ける仕事が紹介されましたが、派遣村が解散した後、就労が確認できたのは13人にしかすぎなかったという調査もあります。

さらに2009年の年末は、宿泊施設外への仕事探しの交通費などとしてほぼ全員に2万2千円を一括支給したところ、利用者562人のうち、約200人が東京都の禁じた無断外泊を行い問題になりました。

12月22日、厚生労働省は、今年9月に生活保護を受けた人が前月比6025人増の206万5896人に上り、3カ月連続で過去最多を更新したと発表しました。受給世帯数も149万7329世帯で最多を更新。世帯類型別では、高齢者世帯が63万3393世帯、傷病者世帯は32万1230世帯、そして、働ける年齢層を含む世帯は25万3932世帯も受給していることが分かりました。

「社会保障」というのは、全ての国民が社会的、経済的、精神的な自立しようと努力していることが前提なのです。 命の安全保障の互助会なのです。

自ら働いて自らの生活を支え、自らの健康は自ら維持するという「自助」を基本として、これを生活のリスクを相互に分散する「共助」が補完し、その上で、自助や共助では対応できない困窮などの状況に対し、所得や生活水準・家庭状況などの受給要件を定めた上で必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などを「公助」として位置付けられています。(社会保障の在り方に関する懇談会)

今、この「公助」たる社会保障は、日本人の現代病「甘えの構造」に食いつぶされようとしています。医療費においても、例外ではありません。

野田佳彦首相と民主党執行部は23日の政府・民主三役会議で、消費増税を含む社会保障と税の一体改革素案について、年内をめどに取りまとめを目指す方針を確認したようですが、このままでは税をいくら上げても追いつきません。この問題の根本は、政策的な問題ではありません。日本に蔓延しつつある「自立したくない病」「責任もちたくない病」にあります。

私の周囲にも、権利だけを主張して、できないことの言い訳を並べたてる人が増えています。

社会や他人のせいにしても、何も始まりません。自ら前を向き、一歩、歩みだしませんか?言い訳だけの人生なんて、面白くないと思いませんか?

収束宣言で何が変わるの?

収束とは、辞書をひいてみると、「分裂・混乱していたものが、まとまって収まりがつくこと、または収まりをつけること」とある。

これから判断すると、今回の首相の発言は、ある意味合っている。

何も問題解決していないにも関わらず、「収まりをつけるため」の収束宣言である。

詳しい原子力の知識がなくても、科学者でなくても、国民は皆、分かっているはず。決して「収まりがついた」宣言ではなかったことを。

冷温停止という言葉で、収束の根拠としているようだが、果たしてメルトスルーまで起こした原子炉について、それが当てはまるのだろうか?

中では、メルトスルーのために底に穴が開き、放射能の影響を遮断するために作られた下のコンクリートまで溶かしている可能性があるというではないか。中で何が起こっているのか、誰も何も分からない。これが真実である。

官僚や閣僚の中には、「科学者」はいないのだろうか?「科学者マインド」を持った与党議員はいないのだろうか?

少しの科学者マインドさえ持っていたら、容易に、現状況下で、「収束宣言」なるものを発するべきではないと分かるはずである。

3月12日、事故の翌日、与野党党首会談で菅総理(当時)は,「これはメルトダウンとは言わないんです」と言い放った。すでに、保安院や中村審議官の発表で「炉心溶融の可能性がある」という科学的な根拠があったにも関わらず。

そして、その会議の最中、水素爆発が起こったのである。

それが水素爆発であり、放射能漏れをおこした可能性があることを公式発表したのは、その爆発音から2時間後。

メルトダウンがあったと政府が認めたのは、それから2か月後のことであった。

「これってメルトダウンのことじゃないんですか?」

その与野党党首会談で尋ねたのは、私どもの党首、渡辺喜美であった。論理的に政策を考え、科学者マインドを持つ党首に恵まれたことは、この暗黒政治の時代において、私の心の救いである。

傷ついた心のセーフティーネット

日本社会は病んでいる。

今、日本人から笑顔が消えている。

私の周囲でも、年々、メンタル不調で休職を余儀なくされる人が増えている。健診などで問診すると、抗うつ薬や眠剤など飲んでいる人は珍しくない。

病院で医師として3分診療をしていた頃より、企業の医師(産業医)として、メンタル不調者や復職予定者の方々の話を、30分・1時間じっくり聞いていると、日本社会が抱えている問題点が浮き彫りになってくる。

急速に変化している会社環境に適応できず、心身ともに疲れ切ってしまった人。

誰かに褒めてほしくて、評価してほしくて、何もかにも自分で抱え込んでつぶれてしまう人。

自分の意見が批判されると、自分の人格まで否定されてしまったかのように錯覚し、立ち直れない人。

自分に甘すぎて、すべてのことが人のせい、社会が悪い、気が付いたら誰からも相手にされず一人ぼっちになってしまった人。

周囲とコミュニケーションが取れず、自らの世界に生きる人。

それぞれに病気になった背景は違う。しかし、なぜ彼らは、そこまで追い詰められなければならなかったのか?

答えは一つ。

社会に余裕がないからである。日本社会に、包容力がなくなっているのである。

面談室で話をしていると、多くの人が涙を流す。

そして、「久しぶりに笑いました・・・」と言って、ドアの外の厳しい社会へと旅立っていく。

感情さえも押し殺し、自らの心の声にも耳を傾けることができず、ここにくるまで誰にも胸の内を明かすことができなかった。家族がいても、同僚がいても、誰もが孤独の中で生きている。その現実がヒシヒシと伝わってくる。

いたわり・思いやりなどという言葉は、すでに過去のものになってしまったようだ。

だからこそ、会社で産業精神保健という関わりだけでは限界がある。

12月1日、「こころの健康基本法」の早期制定を推進するために、「こころの健康推進議員連盟」が設立された。

精神疾患をお持ちの方々をケアする包括的な体制を、一日も早く構築してほしいと願っている。ただ、これまでありがちだった「絵に描いた餅」法案に終わらぬよう、心から祈っている。

大阪の突風は永田町に届くのか?

今週の大阪は、突風が吹き荒れていたようですね。

「橋下市長」誕生は、国会にも少なからず影響を及ぼしています。

制度疲労を起こし、既得権益にまみれた、現在の「国の形」。

地方分権や道州制など具体的にどう進めていくのか?

国と地方の関係はどうするつもりなのか?

今回の選挙結果を通し、大阪市民・大阪府民は、国に対してこの難問を突き付けたのです。

賽は投げられたのです。

自民も民主も「地方分権推進・地域主権の確立」と選挙のたびに公約には上がります。

しかし、実行されることはありません。

もう一度、原点に返って考えてみましょう。

私の回答は?

もちろん、「前進あるのみ!」です。

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プロフィール

薬師寺道代
(やくしじみちよ)
参議院議員
医師
(専門:生命倫理・医療政策・緩和医療・医療コミュニケーション)
NPO法人 からだとこころの発見塾 理事

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