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2011-11

国会とは?国会議員とは?

事業仕訳・政策仕訳など、新しい政策決定の手法が花盛りです。

しかし、その手法が賛美され、成果が報道されるたびに、違和感が残ります。

えっ、それって、国会の仕事じゃなかったの?

今まで、国会は何してたの?

それが私の正直な気持ちです。

農業政策も原子力政策も、法律の下で管理されてきました。法律を定めるのは国会の役割。

今更、民間人を入れ、仕分けなどというパフォーマンスをしなければ、この国は過ちを正すこともできないのでしょうか?

国会議員は何をしているのですか?

あなた方は何をしたくて、国会議員をなさっているのですか?

そう問い質したくもなってしまいます。

海外から、リーダー不在の日本といわれても、文句の一つも返すことができない現状がさらに浮き彫りになるだけです。

「選挙に勝つことだけが仕事となってしまった議員は必要ない!」

国民の強い意志を示すことが重要なのです。それを示すことができるのは選挙だけです。しかし、なぜか日本人は選挙になると、日頃の不平不満を、手の中にある一票として活かさないのです。

日本を守りながら、新しいビジョンの下、日本を再構築していかねば、このような小手先の手法だけでは、さらに政府の弱体化は免れません。

国会議員の仕事とはなにか?

国会の仕事とはなにか?

そこからもう一度、我々は、考えなおす必要があると思いませんか?

TPP交渉参加?その前に・・・

野田首相は本日の参院予算委員会で、交渉参加を決断した経過などを説明しました。

それにしても、総理が渡米前に日本国民へのメッセージとして残した「交渉参加に向けた協議」という言葉の真意が、私には、どうしても分かりません。

授業開始のベルが鳴っている時に、学生が入り口でうろうろしているとします。私が、授業に参加するのかしないのかを尋ねた際に、「僕は授業に参加したいのだけど、両親が反対しているので、受講するかどうかをまず先生と話し合わせてください」と学生が言えば、それは参加する意思がないと私は受け止めるでしょう。単なるパフォーマンスに過ぎないと私の目には映ります。しかし、「受講するのであれば、歓迎だけど、皆が待っているから、後で・・・」とその場は繕うしかありません。

もし、その後、会いに来たならば、「そんな気持ちで授業を受けても、全く意味がない、身にならない」と受講を断るでしょう。

子どもではないのです。自分の意志で自立して動けない、その迷いを他人のせいにしてはなりません。もし、それが事実だとしても、いつかは「YES or NO」を、自分自身が決断しなければならないのです。皆にいい顔していたら、いつかは自分の人格までが潰されてしまいます。誰にとってもいい人、誰にとっても有益な政策は存在しないのです。悪者になる覚悟がなければ、政治家など務まるわけがありません。

「この期に及んで何を言う?」

その言葉の曖昧さが日本の信頼を失墜してきた過去の反省がまるで活かされていません。それどころか、間違えなく、今回の声明で、各国は、日本が交渉参加するとの認識を持っているにも関わらず、今日の参議院予算委員会での答弁では、「交渉に入らないという前提もないし、入るという前提もない」という言葉。

日本文化の良さである「和を尊ぶ」「あ・うんの呼吸」「以心伝心」「察する」など、海外、特にアメリカ社会では考えられません。国内のこの微妙な雰囲気を、言わずしても察してほしいなど、甘いことを考えたら、すでに交渉に入る資格はありません。「心構えができるまで交渉を開始するな!」交渉術の常識ではないですか。

無理な要求をしてきても、それを逆手に取り、相手の要求をのむことによって、こちらも何かしらの要求を手に入れ、通していく。どうして普通の交渉術が政府にはできないのでしょうか?お小遣いを上げてほしい子供の方が、よっぽど交渉が上手です。

「木を見て森を見ず」

現在の日本政府の視野狭窄に、良い治療法は残されているのでしょうか?

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プロフィール

薬師寺道代
(やくしじみちよ)
参議院議員
医師
(専門:生命倫理・医療政策・緩和医療・医療コミュニケーション)
NPO法人 からだとこころの発見塾 理事

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