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2010-08

セミナーと政治塾

ツイッターでも報告いたしましたが、皆さまのご要望にお応えすべく、「みんなのセミナー・愛知」「みんなの政治塾・愛知」を開催することになりました。
ここ愛知で、みんなの党は確実に次の一歩を踏みだします。
少しこの2つの講座についてお話いたします。

まず、「みんなのセミナー・愛知」は、一般の皆さま向けの講座です。「選挙中は、ネットが使用できなかったために、代表や幹事長の講演会も聞き洩らしてしまった、残念だ」「もっとみんなの党のことが知りたい」「政治は今後どうなっていくのか?」「楽しく政治談議ができる場を提供してほしい」とのご意見を受け、誰でもいつからでも1回でも参加できる講座を設けることにいたしました。年に4回は「真面目」な政治講座。時々は、見学会やテーブルを囲んだ楽しい議論の場を提供いたします。入会金1000円で様々な情報が手に入る!後は、その度に、会場費などの実費を皆さまにご負担いただくことにいたします。愛知県の方でなくても、近隣県の皆さま方も大歓迎でございます。是非、ご参加くださいませ。

第一回は、10月3日(日)午後、渡辺喜美代表の開講記念セミナーを予定いたしております。詳しくは、申し込みをいただいた皆様へお知らせいたします。お楽しみに!

一方、「みんなの政治塾・愛知」は、将来、政治家を志したいと考えていらっしゃる皆さま向けの講座です。これも、愛知県在住の方に限りません。大学生以上の方であれば、参加可能ですが、一点だけ、セミナーと違ったところがございます。それは、審査があるということです。みんなの党から将来立っていただくためにも、しっかりとした信念と政策に対する思い、アジェンダの共有など、みんなの党の候補者として共に学んでいただけることを確認させていただきます。内容も、ぐっと実務寄り。演説の仕方や書類の書き方、選挙違反とは?など選挙に出馬することを想定し、実地研修もございます。

第一回は、9月にみんなの党 選挙対策委員長 山内康一衆議院議員をお迎えした講座予定いたしております。

詳しくは、HPをご覧いただき、事務所へご連絡くださいませ。

共に学び、本来の政治や選挙の姿を取り戻すお手伝いをいただける同士の皆さまのご参加、楽しみにいたしております。

終戦記念日に思うこと

昨日は「帰国」。そして、今日は「15歳の志願兵」。家事の合間に久しぶりにニュース以外のテレビ番組を見ました。どちらも、終戦記念日に向け、作成されたものでした。

「帰国」は第二次大戦中に南の島で玉砕し、祖国のために死んでいった英霊たちが現代の平和な日本に舞い降り、日本人の現状を問うというものです。

「こんな日本のために、おれたちは犠牲になったのではない」

まさに今の病んでいる日本を風刺した作品に、やるせない思いだけが残りました。戦死者の皆さまへ返す言葉もありません。

「15歳の志願兵」は、兵士不足の解消のため、海軍が愛知一中に練習生の志願者数を強制的に割り当て、学校の誘導により、お国のために役に立ちたいと使命感に目覚めた純真な生徒たちが、次々と志願を誓い、戦場へ出陣した実話に基づいた話でした。

最後に、主人公は、戦死した友人宅を訪ね、友人の文字が読めない母親に訊ねられます。
「自分に学問があれば、この子の気持ちをもっと早くに分かってあげられたのでしょうか?自分に学問があれば、この子を戦争で失うことはなかったのでしょうか?」

主人公は泣きながら答えました。「自分たちは、学校で死ねと教わった。学問がないのは、この日本です。」と。

この実話には、まさに教育の恐ろしさを、まざまざと見せつけられました。どんな教員に出会い、どんな教育を受けるのかによって、子どもたちの人生そのものが変わってきてしまいます。良い友人と教養こそ、一生の宝、そしてパートナーです。

私も九州大学専門職大学院の医療経営・管理学で学ばねば、「政治」の道は志さなかったことでしょう。そのきっかけは、一冊のタウン誌でした。今は亡き九州大学の同期生が書いた記事に目が止まり、「どのような過程で法律が成立するのか、じっくりと考えてみたい」と入学を決意しました。小泉さんの時代、勉強のつもりで、新聞に載っていた「構造改革特区評価委員公募」に「医療制度改革論」で書いた論文を履歴書とともに内閣府に発送しました。今も自分の人生を相談し、分からぬことを訊ねられる「先生」と同級生がそこにはいます。

今の日本は、気付いた時に再び学び直すことが可能です。遅いということはありません。やり直すチャンスはどれだけでも与えられています。私もこの歳になって、人生の挑戦を再び始めようと決意しました。

英霊の皆さまに「平和な日本を受け継いでくれてありがとう」と言ってもらえるように、微力ではありますが、まだまだ「学ぶ」ことを止めず、「国民一人一人が納得いく医療」のために、歩みを止めず前進しようと再度心に誓った終戦記念日でした。

皆さまは、どのような思いで、今日一日過ごされましたでしょうか?

エイズと地域主導

エイズは過去の病気だと思っていませんか?報道が過熱した一時期と違って、社会の関心が薄れ、先進国の中で唯一増加傾向にあるのが日本なのです。

現在全世界でのHIV感染者は5千万人に達すると言われています。アジア・アフリカ地域の開発途上国において感染拡大が見られています。サハラ以南のアフリカには全世界の60%近くのエイズ患者がいるといわれ、国存亡の危機とも言われています。

ここ日本でも、「4~6月に国内で新たに報告されたエイズ患者は1~3月よりも35人多く、過去最多の129人だった」と厚生労働省のエイズ動向委員会が発表しました。しかし、一方、新型インフルエンザの終焉もあり、感染症に対する人々の関心が薄れています。検査を受ける人も減っているとの発表もありました。地域保健所では、匿名で無料の検査を実施しており、厚労省では、是非受診して欲しいと訴えています。

そもそも、「エイズ」「HIV」とは何なのでしょうか?
「ヒト免疫不全ウイルス(HIV)」が免疫細胞に感染し、免疫細胞を破壊して後天的(生まれた後に)に「身体の抵抗力」を奪ってしまう「内外からの攻撃に抵抗できない状態」を作り出す、このことを「後天性免疫不全症候群Acquired Immune Deficiency Syndrome; AIDS)」と呼んでいるのです。その頭文字をとった「AIDS」を日本では「エイズ」と呼んでいます。

HIVの感染後2-4週で、風邪のような症状が起こるといわれます。しかし、その症状も数日~10週間程度で軽くなり、感染したことには気づかれません。「風邪ひいてしまったかしら?」「最近体調が悪いな」くらいで済んでしまいます。

問題は、ここ。ここから5~10年、全く症状が出ないのです。この間、見た目は健康そのものに見えるものの、体内でHIVが盛んに増殖を繰り返しています。感染に気付くこともありません。

しかし、身体の抵抗力がある程度まで減少していくと、「免疫力低下症状」を示すようになります。多くの場合、最初は全身がだるい、体重が急激に減少してきた、いつまでたっても治らない下痢、すぐに疲れる、原因不明の発熱、のどが痛い、咳など、風邪によく似た症状が起こります。さらに抵抗力が弱まってくると、普通の生活ではかからないような弱い細菌などによる感染症や、悪性腫瘍によって、生命に危険が及びます。

もちろん、適切な治療によってHIVが感染してもエイズの発症は抑えることも可能となってきました。しかし、依然として完全に治すことができない病気です。予防できるものはしっかりと予防して、他人に感染することを回避し、早期に治療を開始しなければなりません。

また、「HIV」自体は、通常の環境では非常に弱いウイルスであり、普通の社会生活をしている分には感染者と暮らしたとしてもまず感染することは無いのです。言われもない「偏見」から感染者の皆さまを守ることも大切な啓蒙活動の一つです。

本来、匿名性が高いはずのHIV検査。しかし、若者や地方の方々は、医療機関や保健所の敷居が高い、遠い、周囲の目もあるなどから、「献血」をHIV検査目的にしている傾向もあるようです。「地域的な検査体制の在り方をもう一度確認すべき」と厚労省も見解を示しています。

これこそ、地域・年代による違い。国が一律に制度を整備するのではなく、地域のことは地域にお任せする、地域主導の中で解決してもらったらどうなのでしょう。全国一律金太郎アメの弊害がここにも。地域のNPOや心ある先生方の活動こそ国は学ぶべき。健康対策こそ、地域に競争させ、より知恵と工夫を発揮させる仕組みを作るべきだと考えています。

法律ができればそれで終わり?

NHKの解説委員室副委員長の影山日出夫さん死亡のニュース。信じられませんでした。
「日曜日討論」でいつも勉強させてもらっている私としては、人生の師を失ってしまったとともに、死の原因が「自殺」であったことにショックが隠せません。それも職場であるNHK内での出来事。

毎年3万人以上の自殺者を出す「自殺大国日本」。現状、国・社会はその数字を「危機感」を持って見ているとは思えません。その対策や予防に、なぜもっと社会は真剣に取り組まないのでしょうか?メタボ検診よりも、最優先で「うつ病検診・対策」に取り組むべきです。

しかし、「国は、対策を行っていますよ!」そういう声が聞こえてきそうです。実際に「自殺対策基本法」が平成18年に施行され、国や自治体で法律に基づき、様々な取り組みもなされています。しかし、法律が施行され4年。自殺者数も減らなければ、国民の身近にその対策も行きわたってもいないのです。

私も産業医として、企業の中でメンタルケア(精神的な面の相談・対策役)をいたしておりますが、私の職場だけではなく、日本全国その現状はひどいものです。多種類の睡眠薬・抗うつ薬などを長年投与され、職場がストレスの原因と分かっていながら出勤をしているサラリーマンが多いこと。働きやすい職場を作ろうとすることが、まず第一の対策のはず。投薬だけを増やして、だましだまし勤務を続けさせる現状に問題があるのです。

かかりつけ医は、職場の人事にまで口をはさむことができません。だからこそ、「産業医」がいるのです。
産業医の役割は、病院の医師の仕事と全く違うのです。診療行為はいたしません。(大企業であれば、診療所医師と産業医を兼ねていることもあります。)「メタボ対策の口うるさいおじさん・おばさん」と思われている方も多いかと思いますが、それはほんの仕事の一部。職場環境の改善や従業員の健康維持管理のために企業や人事担当者、従業員本人に意見や助言をすることが、産業医の本来の役割です。

「最近ミスが多い部下がいるのだが」という相談を受ける場合もあります。「夜眠れず、遅刻が多い」という方と面談する場合もあります。健康診断の際の調査表の不眠・イライラなどにも注目し、異常値がない場合でも面談することもあります。肝臓の値が悪い時には、眠れないため毎晩深酒をしている人も多いのです。時には、家族とうまくいかないと相談されることも。

自殺という最悪の結果になる前に、「うつ」の傾向に気づけるきっかけは、まだまだあると思います。
会社では産業医や保健師・地域では保健所などの相談窓口や保健師の訪問・子ども達には児童相談所など。もっと医師も役所も「国民の心身の健康管理」に積極的に関わる必要があると思います。

うつ病の「病気の状態」は人それぞれ。だからこそ、うつ病と気付かない人も多いのです。おかしいなと思っても、精神科や心療内科は病院に入ることさえ抵抗がある人も多いはず。そこにもし、専門職が介入していたら防げる自殺も多いはずです。家族は身近過ぎるからこそ言えないし、変化に気づけないこともあるのです。

虐待でも高齢者の問題でも、もう一歩「個人」に踏み込む勇気が求められています。法律では、その勇気を生み出せません。

「うるさい」から「心配してくださってありがとうございます」。私も忠告を素直に聞けるように、いつでも心を開いていたいと思っています。

派閥?政党?みんなの党

自民党の参院議員会長に中曽根弘文氏が決定した。
「今まで参院議員会長選でこれほど盛り上がった報道を知らないな~」と恥ずかしく思っていました。それもそのはず、派閥や実力者による調整で、事前に候補者が一本化され、今までは、無投票で決まっていたそうです。そのような現状の中、主に中堅・若手に推された中曽根氏は「脱派閥」を掲げ、支持を広げたと分析されています。「自民党の派閥談合と長老支配の時代が終わったことを告げた」とブログに書いた自民党の議員もいます。

永田町は、世間一般と違った時間を生きているようですね。先の衆院選で、国民の洗礼を受けたにもかかわらず、ここまで1年間、古い体制を相変わらず引きずってきたことに驚きました。時代の流れがつかめない。これでは技術革新が起こっても、その価値さえ理解できない。世界の時流が変わっても、気づくことが出来ない石頭の集団。つくづくそう感じました。

派閥とは「出身・縁故・利害・政治的意見などで結びついた人々が形成する排他的な小集団」。政党とは「共通の政治的主義・主張をもつ者によって組織され、一定の政治的利益や政策の実現のために活動し、政権獲得をめざす集団」。辞書にはそう書いてあります。

上の定義からしてみると、民主・自民の派閥は一つの政党を形成してもいいはずです。このままでは、政党とは「選挙の際だけに、票や資金を相互扶助する大集団」になってしまいます。

派閥政治といえば、自民党の専売特許だったはず。しかし今や民主党の代表選も派閥闘争が起こっているようです。ころころ変わる党代表・派閥政治・ばらまき政治など、政権与党になったとたん、悪しき習慣にまみれなければならない理由は何なのでしょうか?

私はかつて、政権を取ったばかりの民主党の大物代議士に「なぜ、民主党は多くの女性議員がいるのですか?」と尋ねたことがありました。「女性は派閥を作らないから」と即答され、怒りを通り越し、がっかりしたたことを改めて思い出しました。まだその程度にしか女性の役割も考えることが出来ないのが永田町。自ら変わる力を持たぬ者は、いずれ淘汰されていく・・・その自然の法則が一日も早く永田町にも適応されることを願っています。

みんなの党は参院選で10人増えてもまだ衆参合わせて16名の国会議員しかおりません。民主党・自民党の一派閥にも劣る人数です。しかし、6名の議員から10名の力を生み出すことが出来ました。これからも、勢力拡大するに当たり、わが党もさらに「政党」の在り方が問われてくるでしょう。

他党のように県連を作ることが出来ないわが党。「落選した者同士で、ネットワークをつくり、政治・政策についてさらに研さんを積んでいきましょう!」多くの呼びかけが行われ、次々にその輪が広がってきています。「これこそ、みんなの党だ!」

自分党の自民党・すべてがトップダウンの民主党。みんなの党らしく、敢えて険しい道を選択し、「みんな」で歩みを始めたことをここにお知らせいたします。

日本丸よ、どこに行くのだ?

財務省は、6月末時点の国債と借入金、政府短期証券を合わせた「国の借金」が初めて900兆円を突破したと発表しました。これは、国民一人当たり約710万円の借金を背負ってしまったということです。さらに、2010年度は、子ども手当てや高校授業料無償化など、昨年の衆院選の際のマニフェスト実行のため、借金は増えていく予定です。

読売新聞で「届かぬ叫び」という連載が始まりました。一連の虐待について検証し、これからの対策を考えてみようという試みです。直視できないほどの現実がそこには並んでいます。虐待の現場をつづった件には、胸が詰まり、「人間・母親がやることなのだろうか?」と小説の中のことであってほしいと願うほどです。洗濯機に入れられ、回された子ども。両手を縛られ思い重しを背負わされた子ども。どこにぶつけたらよいのか分からぬ怒りに、手足が震えてまいります。

また、神戸市では、住民台帳上で同市内に住むとされる100歳以上計847人のうち105人の所在確認が出来ていないと発表されました。全国から次から次へと出てくる謎の高齢者不在の実態。
いったい日本はどうなっているのですか?どうなっていくのですか?

これらは、役所の縦割り行政や、選挙のための政治の在り方だけの問題ではないと思います。「自分さえよければ・・・」そんな「自己中心的」「身勝手」な人間ばかりが日本に増えすぎてしまった。そう感じるのは、私だけでしょうか?「今が良ければそれでいい?」将来の日本社会への責任は、どうするつもりなのでしょうか?

そして、日本人の奉仕の精神は何処へ行ってしまったのでしょうか? ギブ&テイク、見返りがなければ動かない人が多すぎます。現実を考えても、今の日本は「痛み分け」が必要なのです。「痛みに堪えるなど、とんでもない!」ここそこから、そんな声が聞こえてきそうです。「一度掴んだ権利は離さない、自分だけの世界で生きている、周囲が見えない人々の集団=今の日本」と世界から卑下されても仕方ないと思います。

元来、日本人は世界の中でもコミュニケーション下手。さらに便利なツールの登場で、本来のコミュニケーションの在り方さえ壊してしまいました。大学でも社会でも、友達・同僚とまともに話したことがない人間が多すぎます。電話越しに・メールであれば、自由に話すことができるのに、いざ会っても、相手の顔さえ見ることができないのです。文章にはできても、口にすることができない。携帯電話がなくなるとパニックになってしまう、携帯料金のために破綻する若者を見ても、この国は間違っている、そう感じてしまいます。

時代の流れを止め、教育や社会の在り方を考え直す時間をもらいたい。もう一度、時代をリセットしたい。それができない今、時代に逆行していると言われても、「痛み分けができる社会」を目指して、次の一歩を考えます。

あなたの身体は誰のもの?

ニュースを見て驚きました。
日本臓器移植ネットワークは、関東甲信越地方の病院に交通事故で入院していた二十代の男性が、臓器移植法に基づく脳死と判定されたと発表しました。その男性は、書面で臓器移植の意思を示していませんでしたが、家族に口頭で伝えていたと言います。

今まで行われた臓器移植には、本人の意思確認が必要でした。しかし、7月17日に全面施行された改正臓器移植法では、本人の意思表示がなくても家族の承諾で、提供が認められるため、「これが1例目になるのか!」と注目が集まりました。

しかし、忘れてはなりません。99年の高知赤十字病院での臓器移植1例目、医療者もマスコミも過熱しすぎて、ドナーのご家族への人権侵害が行われ、多くの方々へ多大なご迷惑をおかけしてしまったことを。

ここ愛知でも、中日新聞が「娘が脳死になった―17歳ドナーの真実」という連載が行われたことを覚えていらっしゃいますか?99年交通事故に遭い脳死状態となった愛知県内の女子高生の母親の苦悩を切々と語ったものです。家族の苦悩は、ドナーカードを見つけたところから始まります。 結局、女子高生は鼓膜が損傷していて基準通りの検査ができず、「脳死判定」は途中となりましたが、女子高生は事故から八日後に亡くなり、心停止後に腎臓(じんぞう)が一つ提供されたということです。

今回も、「家族承認における脳死移植」について、意思決定の過程などについては、議論する必要はあるかと思います。しかし、その他はいつもの臓器移植と変わるものではありません。臓器移植の質には何も影響ないのです。臓器を運ぶところを撮影し、個人を特定するような報道は止めていただきたいと願っています。

ここ愛知にも臓器の一部が運ばれてくるようです。個人を誹謗中傷することに時間を費やすのではなく、より成熟した臓器移植システムを構築するためにも、その制度の在り方について注目し、議論を行ってもらいたいものです。

一医療者としての願いです。

世界共通のコミュニケーション

今日は、ボールルームダンスフェスティバルに、会長の青山様にお誘いをいただき、聴衆の一人として参加させていただきました。

何を隠そうこの私、運動神経はまあまあですが、音楽オンチ・リズムオンチ。いつもダンスパーティーでは壁の花でした。パートナーの足を踏みつけたり、ぶつかったりと、良い思いではございません。

しかし、役所広司さんの「SHALL WE ダンス?」、そして、リチャード・ギアの「SHALL WE DANCE?」は何回も観に行ったくらいに、優雅で力強い社交ダンスは私の「憧れ」。あの華やかな衣装も、女性として、一度は手を通してみたい「ウエディングドレス」なのです。

フロアで踊られる皆さまのダンスを間近に拝見し、感激いたしました。男性は、背中に一本筋が入り、胸を張った立ち姿も美しく、シャキッと全身が締まっています。汗いっぱいになっても、笑顔を絶やさず、音楽にのり優雅に踊る女性パートナーをしっかりと受け止め、黒子に徹している。それが女性の華やかさをいっそう増し、艶やかに魅せてくれます。

一方、女性は、指先まで神経が行き渡った素晴らしさ。衣装も華やかですが、それに負けないくらいの「華」がにじみ出ていました。驚くことに、「お着物」の方も。

デモンストレーションでは、小学生の大西大晶君と咲菜ちゃんのペアが大人顔負けのダンスを披露してくれました。なんと世界有数の大会「ブラックプールダンスフェスティバル」の入賞者。将来が楽しみ、いいえ、将来日本を背負って立つ存在になってもらわなくてはと思いました。
協会の先生がたからも、様々なお話を伺いました。

「数年後に、中学校の体育へボールルームダンスを取り入れたいと思っているが、文科省が出しているものは、ダンスのマニュアル。音楽を楽しみながら身体を動かすのではなく、「ステップはこうだ」「手・顔の角度は45度で」など、しゃくし定規に堅苦しくダンスを紹介している。これでは、誰だってダンスが嫌になってしまう。

世界でも、外交や公のパーティーでは、ダンスは欠かせないもの。しかし、日本人は踊れない人が多すぎる。これでは、日本人の社会常識・世界常識が問われてしまう。」
耳が痛くなる思いで聞いておりました。

画一的な教育では、個性は育たない。世界に通用する日本人を育てる大きな視野で、今の教育も見直さねばならないと痛感いたしました。

娘の学校では、事あるごとにボールルームダンスパーティーが開催されます。次世代のグローバル化を考えた時、やはり欠かせないものは、コミュニケーション。「世界共通の言語」と「世界共通のダンス」。これは必修科目だなと一人の母親として考えました。

いのちの日

広島の平和記念式典をテレビで見ていました。
8時15分。黙とうを捧げ、被害に遭われた皆さまへ、「思い」を伝えました。
ここで「在り来たり」のことを書くのは簡単です。しかし、言葉にならない「思い」が大きく、今日は「いのち」についてコメントできません。

わたくしの周囲にも、原爆の被害に遭われた方の奥様がいらっしゃいました。今は亡きその御夫婦。たった一度だけ、奥様が、命からがら帰ってこられた御主人様の闘病や容貌を話してくださったことがありました。小学生の私には、衝撃が大きく、今でもそれを人に伝えることができません。人に伝えられるほど、自分の中で、その衝撃を噛み砕けないのです。

そして、御巣鷹山も、夏を迎えます。あの飛行機にも、大学の同級生が乗っていました。テレビで彼女の名前を見つけた時のショックは、やはり今も語ることができません。

この季節、私にとってはテレビをつけるのが怖い。次の時代に向かって回答がないまま走り続けている今の日本の安全保障。一人の人間として、親として、焦りを感じてしまいます。

「40年前、日本の水と安全はタダだった」小野次郎さんが選挙の際の演説でおっしゃったその言葉が、頭の中をめぐります。

日本丸はどこを目指しているのでしょうか?
日本丸は荒波を乗り切れるのでしょうか?

乗船し、心配しているだけでは、何も変わりません。船長に一任ではいけません。地図を見て、羅針盤を読み、一緒に行き先を決めませんか?

世界の中の日本

私は、東大が主催して開催された「医療政策人材養成講座HSP」の1期生である。今はなきこの講座には、そうそうたるメンバーが揃っていた。私の場合には、1期ということもあり、何とかその審査に滑り込むことができた。

そしてそのメーリングリストに、ジュネーブのUNAIDS(国連合同エイズ計画)に勤務している江副聡さんから、ジュネーブのヘルス系国際機関日本人職員有志で医療系メールマガジンの連載を始めたとの連絡を受け取りました。

WHO(世界保健機関)やUNAIDS(国連合同エイズ計画)などスイス・ジュネーブの国際機関で日々議論されている世界の保健医療(グローバルヘルス)の課題を、現地の日本人職員がリアルタイムに日本の医療関係者に伝えるというものである。(あくまでも彼らの個人的見解であり、公式見解ではない。だから面白い。)

その投稿記事の中で、彼はこう書いている。
「財政難や人材不足が原因で、日本のグローバルヘルスにおける発言力が年々弱まっているという現状がある。このままでは日本の得意分野である、保健医療分野で世界に貢献できる機会を失いかねない。もっと国際舞台に立つ日本人を増やし、これまで培ってきた保健に関する知恵や経験の提供を通じて、日本の立場向上を模索する必要があるのではないだろうか。」

15年前は、WHO総予算の10%強の供出金をだしていたが、近年は5%未満にまで減ってしまった。さらに人材面でも、拠出金から導き出せば適正職員数が121人~166人位必要であるにも関わらず、2009年は35人(うち幹部は2人)しかいない。

今の日本は、世界から見て、お金もなければ人材もいない、そう思われても仕方がない。
そして、今日、国連の潘基文事務総長は「核兵器なき世界」の実現のため、現職の国連事務総長として初めて被爆地の長崎を訪問している。今回の来日も、オバマ米大統領が「核なき世界」の実現を掲げて以来、国際社会で核問題に対する関心が高くなっているためだと言われている。

唯一の被爆国、日本。世界的に見ても、日本が「核兵器なき世界」の旗振り役・リーダーとならねばならぬはず。

「日本のリーダーは何をやっているのだ!」
叫びたいのは私だけでしょうか。
「お金もなければ人材もいない。そう思われても仕方がない・・・」
今日まで行われた「衆・参議院予算委員会」の中継を思い出し、肩を落としたのは私だけではないはずです。

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プロフィール

薬師寺道代
(やくしじみちよ)
参議院議員
医師
(専門:生命倫理・医療政策・緩和医療・医療コミュニケーション)
NPO法人 からだとこころの発見塾 理事

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