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やくしじBlog 「みんなちがって、みんないい。」

党大会!

本日は、党大会が開催されました。

昨年度は知事選のために出席できなかったため、今回が初めての参加です。

朝から党政策ブレインの皆様から講義を受け、夕方からは、党大会・懇親会と、丸一日缶詰状態でした。

高橋洋一先生、古賀茂明先生・原英史先生と今、テレビでも売れに売れている改革派、脱藩官僚の皆様の講義は、これ以上ない面白さ。しかし、残念ながら内容はオフレコです。

大阪の橋下改革を支えていることでも有名なこの3名の講師は、みんなの党のブレインでもあるのです。だからこそ、政策は一致して当たり前。みんなの党が進める「地域主権」を政府主導ではなく、地域主導で実現するためにも、大きな力となっています。

そして、まさにわが党の一丁目一番地の公務員制度改革。これを国家公務員から地方公務員へと改革の波を波及させていくのではなく、地方から国を動かしていく逆流作戦が大阪の地方公務員制度改革なのです。

皆様のお話しを伺い、何の違和感もありません。私が今まで主張してきたこと、考えてきたこと、何ら違いはありません。しかし残念ながら、まだ戦いの場を得ることができない私は、ただメラメラと改革マインドに火がついておりました。

党大会では、堺屋太一先生のお話しに心が揺さぶられました。

「小異を捨てて大同に就く」

改革派の政党は、分裂する危険性がある。現状を打破しなければならないという思いは一緒なのだが、その方法は様々。小異にこだわっていたら、いつまでたっても政策は実行できず、現状打破もできない。

今の政権与党がまさにこれですよね。

「This is it.」

さあ、いよいよ決戦の時が迫っています。いつ出番が回ってきてもいいように、しっかりと準備を整えておかねばなりません。

我らの使命はただ一つ。「国民の手に政治を取り戻す」ただそれだけです。

減税だ、増税だと目先のことばかりにとらわれず、未来の日本地図をしっかりとお示しできる本物の政治を目指してこれからも走り続けましょう!

謝罪する人を間違ってませんか?

ニュースを見ようとテレビをつけたら、枝野経産大臣が、「本日は、大変、委員の皆様方には、ご迷惑をおかけして、不快な思いをさせたこと、経産大臣として、心よりおわび申し上げます。本当に申し訳ございません」と謝っている姿が目に飛び込んできた。

何事かと、いくつかチャンネルを捻ってやっと事の真相が見えてきた。

関西電力大飯原発のストレステストの評価の審査結果が専門家会議で示される予定だったものの、傍聴を断られた市民団体などの抗議で、開催できない状態が続き、3時間半遅れで会場を移しようやく開始したということであった。

しかし同時に、二人の委員は、「傍聴を認めないのはおかしい」として、会合を欠席したとも伝えられた。

ようやく事態を把握した私は、久しぶりに頭にきた。

大臣、あなたは頭を下げる方向を間違っている!

国民に向かってまず頭を下げるべきでしょう!

傍聴も認めず、情報を公開しないまま結論を出して、さらに国民の政府に対する不信感や放射能に対する不安をあおってどうするんだ!

これがリアルタイムに行われていることであれば、私が乗り込んでいきたいくらいの気持ちになってしまった。

福島県浪江町の砕石を使った同県二本松市の新築賃貸マンションで高放射線量が検出された問題でも、結局、情報開示の遅さが問題だったではないか。

もみ殻の時も、そして、まさに事故直後のSPEEDIの情報も。

とにかく現政府の対応は、すべて後手後手にまわり、その情報もなかなか公開されない。中国の新幹線の事故隠しを「国として未熟だ・・・」と笑っていられない位、現政権下の対応は、世界に対し、危機管理能力のなさを露わにしている。

危機管理とは、都合が悪い情報の隠ぺいを行うことではない。

今、必要なことは、いち早く正しい情報を国民に公開し、政府の対応についての理解を求め、国民との信頼関係の中で、復興や新たなエネルギー政策を実行に移すことである。

ソロバンばかり弾いていても、何も解決できない。

本当に必要ならば、復興や今後の地震対策のためであれば、「一円も出したくないよ」などと考える国民が、いるわけないではないか。

増税の前にやるべきことがあるだろう!

このような対応では、いつまでたっても国民の理解も得られない。そして何も実行できない。いつになったら、権力ボケから目が覚めてくれるのだろうか?それとも、もう時間切れになってしまうのだろうか・・・

恩を仇で返すことができるのか?

朝日新聞で、「東京電力が電力業界での重要度を査定し、自民、民主各党などで上位にランク付けしてパーティー券を購入していた計10人の国会議員が判明した。」と、報道されました。また、東電の関連企業数十社が、東電の紹介などにより、多数の議員のパーティー券を購入していたことも判明したとも報じられています。

誠に残念な事実です。

東電の事故処理には、第三者的な視点で、科学的根拠に基づいた冷戦な判断が必要とされます。しかし、資金援助を受けている(恩を受けている)者に対して、大ナタを振るった大胆な改革を強行できるのでしょうか?大きな疑問が残ります。

私どもは、公務員制度改革を訴えています。

国会へも国会議員歳費カット法案、国家公務員給与カット法案を提出し、地方公務員にも適応しようと呼びかけております。

http://www.your-party.jp/news/office/001009/

http://www.your-party.jp/file/release/111125-01a.pdf

民主党も、一昨年の参議院選のマニフェストでは、「公務員の給与カット」を公約とうたっていたはずです。現段階で、増税を訴えるのであれば、まず、自らの身を切るところから始めよという当たり前の考えだろうと思うのですが、どうも、実行に移される気配もありません。

それどころか、公務員の平成23年冬のボーナス支給額は1.8%増の76.5万円だと予想されました。(みずほ証券の調べ)。民間企業は従業員1人あたりの支給額が前年より0.3%減の37.8万円で3年連続減少しているにも関わらず。

来年度は、日本の借金が、さらに増えることが予想される今、こんなことが許されていいのでしょうか?常識的に考えて、赤字が続き、負債が増加する中で、ボーナスが上がる会社がどこにあるのでしょうか?

しかし、私どもは、公務員叩きをやっているわけではありません。公務員の身分保障を止め、民間並みの評価制度を導入するという当たり前の考えを訴えているだけなのです。

「公務員を敵に回したら、当選できないよ。あんなこと言うの止めなさい」

心配そうに初老の男性が、昨日の街頭で、話しかけてくださいました。

「公務員の労働組合に選挙を応援されている与党には、公務員制度改革に何も手を付けることができません。だからこそ、選挙協力をいただくつもりはありません。アドバイス、本当にありがとうございました。」

キョトンとした後、温かい笑顔を返して下さいました。

一人でも理解者を増やすために、これからも街頭活動を中心に、本年も活動いたします。

本年もよろしくお願い申し上げます!

一年の終わりに・・・

さあ、今年も終わり。

私、薬師寺にとっても、そして、日本にとっても激動の一年でした。

愛知県知事選から、地方選へ突入。名古屋市市議選の最中、あの大震災が起こりました。

それから6月までは、選挙での街頭の毎日。

選挙中は、自分が時々、どこを歩いているのかもわからなくなる瞬間がありました。自分は何者なのか、果たして今やっていることが正しいことなのか・・・自問自答の毎日でした。

ただ、心の中にあるのは、

「リーダーになることを忘れるな。リーダーであることを忘れるな。」

その言葉だけでした。

「政治的リーダー」になるということは、物事を決定しなければならないということです。政策を実行するには、必ず、裏・表の両面が存在します。得をする人がいれば、必ず損をする人が出てきます。だからこそ、リーダーは万人に愛されるということはありえません。「嫌いだ」という人多ければ多い程、「好きだ」と言ってくれる人も多い。だからこそ、人から嫌われることを怖がってはいられません。女性の精神にはきつい仕事だと思うことも多いのです。

街頭で人の目にさらされながら、自分の主張を繰り返す。これも辛い仕事です。しかし、街頭で堂々と自分の意見も言えない人に、議会で討議できる能力があるとは思いません。陰でコソコソと動くからこそ、政治がダメになってしまった歴史があるではないですか。

選挙を戦うたびに思います。私は政治屋になりたいのではない。ただ、医師として母として、「国民の命を守る」という自分の使命を考えたとき、今、やらねばならぬことはただ一つ。医療・介護・教育のシステムを抜本的に改革することだと。女性が女性らしく、人がその人らしく仕事ができるためにも、必要な政策なのです。その夢を果たすまで、諦めることはできません。

政府の審議会委員として、何もできない無力感。既得権益や官僚の怠慢を目の当たりにしても、「バッチをつけていない者には、決定権も何も与えられていない」という現実を思い知らされた10年間。誰にも頼らず、何物にも左右されず、何が何でも無我夢中で進んで来ました。

だから諦めません。一度や二度の敗北で、倒れてしまえば、誰も問題の本質に切り込むことはできないと分かっているからです。

しかし、今は一人ではありません。思いを共有できる仲間がいます。そして、それを応援してくれる仲間がいます。共に戦ってくれている仲間がいます。

「もう、この思いに迷いはありません」、そう皆様に、お話しできる日も近いでしょう。

来年度もさらに激動の一年となりそうです。

本年もお世話になりました。

脱「正直者が馬鹿を見る社会」

明日は、クリスマスイブです。

今年一年、暗い話題ばかりだった日本も、年末に向け、ようやく明るさを取り戻してきたように見えます。

でもそれは、表面だけ。一方で、東北の復興問題や税と社会保障の一体改革など、来年度に持ち越される問題も山積しています。

私がいつも年末を迎えると思い出すのは、「年越し派遣村」です。

2008年の年末、霞ヶ関の官庁街に隣接する日比谷公園で、派遣切りに遭い年越しが難しくなった人々のために、多数のNPOや労働組合が中心となり、炊き出しを行いました。その間、約500人の失業者が派遣村を訪れ、その姿には多くの国民が心を打たれました。

しかし、ふたを開けてみると、集まった寄付金5000万円の使途明細も不明。4000件以上の住み込みで働ける仕事が紹介されましたが、派遣村が解散した後、就労が確認できたのは13人にしかすぎなかったという調査もあります。

さらに2009年の年末は、宿泊施設外への仕事探しの交通費などとしてほぼ全員に2万2千円を一括支給したところ、利用者562人のうち、約200人が東京都の禁じた無断外泊を行い問題になりました。

12月22日、厚生労働省は、今年9月に生活保護を受けた人が前月比6025人増の206万5896人に上り、3カ月連続で過去最多を更新したと発表しました。受給世帯数も149万7329世帯で最多を更新。世帯類型別では、高齢者世帯が63万3393世帯、傷病者世帯は32万1230世帯、そして、働ける年齢層を含む世帯は25万3932世帯も受給していることが分かりました。

「社会保障」というのは、全ての国民が社会的、経済的、精神的な自立しようと努力していることが前提なのです。 命の安全保障の互助会なのです。

自ら働いて自らの生活を支え、自らの健康は自ら維持するという「自助」を基本として、これを生活のリスクを相互に分散する「共助」が補完し、その上で、自助や共助では対応できない困窮などの状況に対し、所得や生活水準・家庭状況などの受給要件を定めた上で必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などを「公助」として位置付けられています。(社会保障の在り方に関する懇談会)

今、この「公助」たる社会保障は、日本人の現代病「甘えの構造」に食いつぶされようとしています。医療費においても、例外ではありません。

野田佳彦首相と民主党執行部は23日の政府・民主三役会議で、消費増税を含む社会保障と税の一体改革素案について、年内をめどに取りまとめを目指す方針を確認したようですが、このままでは税をいくら上げても追いつきません。この問題の根本は、政策的な問題ではありません。日本に蔓延しつつある「自立したくない病」「責任もちたくない病」にあります。

私の周囲にも、権利だけを主張して、できないことの言い訳を並べたてる人が増えています。

社会や他人のせいにしても、何も始まりません。自ら前を向き、一歩、歩みだしませんか?言い訳だけの人生なんて、面白くないと思いませんか?

収束宣言で何が変わるの?

収束とは、辞書をひいてみると、「分裂・混乱していたものが、まとまって収まりがつくこと、または収まりをつけること」とある。

これから判断すると、今回の首相の発言は、ある意味合っている。

何も問題解決していないにも関わらず、「収まりをつけるため」の収束宣言である。

詳しい原子力の知識がなくても、科学者でなくても、国民は皆、分かっているはず。決して「収まりがついた」宣言ではなかったことを。

冷温停止という言葉で、収束の根拠としているようだが、果たしてメルトスルーまで起こした原子炉について、それが当てはまるのだろうか?

中では、メルトスルーのために底に穴が開き、放射能の影響を遮断するために作られた下のコンクリートまで溶かしている可能性があるというではないか。中で何が起こっているのか、誰も何も分からない。これが真実である。

官僚や閣僚の中には、「科学者」はいないのだろうか?「科学者マインド」を持った与党議員はいないのだろうか?

少しの科学者マインドさえ持っていたら、容易に、現状況下で、「収束宣言」なるものを発するべきではないと分かるはずである。

3月12日、事故の翌日、与野党党首会談で菅総理(当時)は,「これはメルトダウンとは言わないんです」と言い放った。すでに、保安院や中村審議官の発表で「炉心溶融の可能性がある」という科学的な根拠があったにも関わらず。

そして、その会議の最中、水素爆発が起こったのである。

それが水素爆発であり、放射能漏れをおこした可能性があることを公式発表したのは、その爆発音から2時間後。

メルトダウンがあったと政府が認めたのは、それから2か月後のことであった。

「これってメルトダウンのことじゃないんですか?」

その与野党党首会談で尋ねたのは、私どもの党首、渡辺喜美であった。論理的に政策を考え、科学者マインドを持つ党首に恵まれたことは、この暗黒政治の時代において、私の心の救いである。

傷ついた心のセーフティーネット

日本社会は病んでいる。

今、日本人から笑顔が消えている。

私の周囲でも、年々、メンタル不調で休職を余儀なくされる人が増えている。健診などで問診すると、抗うつ薬や眠剤など飲んでいる人は珍しくない。

病院で医師として3分診療をしていた頃より、企業の医師(産業医)として、メンタル不調者や復職予定者の方々の話を、30分・1時間じっくり聞いていると、日本社会が抱えている問題点が浮き彫りになってくる。

急速に変化している会社環境に適応できず、心身ともに疲れ切ってしまった人。

誰かに褒めてほしくて、評価してほしくて、何もかにも自分で抱え込んでつぶれてしまう人。

自分の意見が批判されると、自分の人格まで否定されてしまったかのように錯覚し、立ち直れない人。

自分に甘すぎて、すべてのことが人のせい、社会が悪い、気が付いたら誰からも相手にされず一人ぼっちになってしまった人。

周囲とコミュニケーションが取れず、自らの世界に生きる人。

それぞれに病気になった背景は違う。しかし、なぜ彼らは、そこまで追い詰められなければならなかったのか?

答えは一つ。

社会に余裕がないからである。日本社会に、包容力がなくなっているのである。

面談室で話をしていると、多くの人が涙を流す。

そして、「久しぶりに笑いました・・・」と言って、ドアの外の厳しい社会へと旅立っていく。

感情さえも押し殺し、自らの心の声にも耳を傾けることができず、ここにくるまで誰にも胸の内を明かすことができなかった。家族がいても、同僚がいても、誰もが孤独の中で生きている。その現実がヒシヒシと伝わってくる。

いたわり・思いやりなどという言葉は、すでに過去のものになってしまったようだ。

だからこそ、会社で産業精神保健という関わりだけでは限界がある。

12月1日、「こころの健康基本法」の早期制定を推進するために、「こころの健康推進議員連盟」が設立された。

精神疾患をお持ちの方々をケアする包括的な体制を、一日も早く構築してほしいと願っている。ただ、これまでありがちだった「絵に描いた餅」法案に終わらぬよう、心から祈っている。

大阪の突風は永田町に届くのか?

今週の大阪は、突風が吹き荒れていたようですね。

「橋下市長」誕生は、国会にも少なからず影響を及ぼしています。

制度疲労を起こし、既得権益にまみれた、現在の「国の形」。

地方分権や道州制など具体的にどう進めていくのか?

国と地方の関係はどうするつもりなのか?

今回の選挙結果を通し、大阪市民・大阪府民は、国に対してこの難問を突き付けたのです。

賽は投げられたのです。

自民も民主も「地方分権推進・地域主権の確立」と選挙のたびに公約には上がります。

しかし、実行されることはありません。

もう一度、原点に返って考えてみましょう。

私の回答は?

もちろん、「前進あるのみ!」です。

国会とは?国会議員とは?

事業仕訳・政策仕訳など、新しい政策決定の手法が花盛りです。

しかし、その手法が賛美され、成果が報道されるたびに、違和感が残ります。

えっ、それって、国会の仕事じゃなかったの?

今まで、国会は何してたの?

それが私の正直な気持ちです。

農業政策も原子力政策も、法律の下で管理されてきました。法律を定めるのは国会の役割。

今更、民間人を入れ、仕分けなどというパフォーマンスをしなければ、この国は過ちを正すこともできないのでしょうか?

国会議員は何をしているのですか?

あなた方は何をしたくて、国会議員をなさっているのですか?

そう問い質したくもなってしまいます。

海外から、リーダー不在の日本といわれても、文句の一つも返すことができない現状がさらに浮き彫りになるだけです。

「選挙に勝つことだけが仕事となってしまった議員は必要ない!」

国民の強い意志を示すことが重要なのです。それを示すことができるのは選挙だけです。しかし、なぜか日本人は選挙になると、日頃の不平不満を、手の中にある一票として活かさないのです。

日本を守りながら、新しいビジョンの下、日本を再構築していかねば、このような小手先の手法だけでは、さらに政府の弱体化は免れません。

国会議員の仕事とはなにか?

国会の仕事とはなにか?

そこからもう一度、我々は、考えなおす必要があると思いませんか?

TPP交渉参加?その前に・・・

野田首相は本日の参院予算委員会で、交渉参加を決断した経過などを説明しました。

それにしても、総理が渡米前に日本国民へのメッセージとして残した「交渉参加に向けた協議」という言葉の真意が、私には、どうしても分かりません。

授業開始のベルが鳴っている時に、学生が入り口でうろうろしているとします。私が、授業に参加するのかしないのかを尋ねた際に、「僕は授業に参加したいのだけど、両親が反対しているので、受講するかどうかをまず先生と話し合わせてください」と学生が言えば、それは参加する意思がないと私は受け止めるでしょう。単なるパフォーマンスに過ぎないと私の目には映ります。しかし、「受講するのであれば、歓迎だけど、皆が待っているから、後で・・・」とその場は繕うしかありません。

もし、その後、会いに来たならば、「そんな気持ちで授業を受けても、全く意味がない、身にならない」と受講を断るでしょう。

子どもではないのです。自分の意志で自立して動けない、その迷いを他人のせいにしてはなりません。もし、それが事実だとしても、いつかは「YES or NO」を、自分自身が決断しなければならないのです。皆にいい顔していたら、いつかは自分の人格までが潰されてしまいます。誰にとってもいい人、誰にとっても有益な政策は存在しないのです。悪者になる覚悟がなければ、政治家など務まるわけがありません。

「この期に及んで何を言う?」

その言葉の曖昧さが日本の信頼を失墜してきた過去の反省がまるで活かされていません。それどころか、間違えなく、今回の声明で、各国は、日本が交渉参加するとの認識を持っているにも関わらず、今日の参議院予算委員会での答弁では、「交渉に入らないという前提もないし、入るという前提もない」という言葉。

日本文化の良さである「和を尊ぶ」「あ・うんの呼吸」「以心伝心」「察する」など、海外、特にアメリカ社会では考えられません。国内のこの微妙な雰囲気を、言わずしても察してほしいなど、甘いことを考えたら、すでに交渉に入る資格はありません。「心構えができるまで交渉を開始するな!」交渉術の常識ではないですか。

無理な要求をしてきても、それを逆手に取り、相手の要求をのむことによって、こちらも何かしらの要求を手に入れ、通していく。どうして普通の交渉術が政府にはできないのでしょうか?お小遣いを上げてほしい子供の方が、よっぽど交渉が上手です。

「木を見て森を見ず」

現在の日本政府の視野狭窄に、良い治療法は残されているのでしょうか?

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プロフィール

薬師寺道代
(やくしじみちよ)

愛知みずほ大学大学院特任教授・医師
(専門:生命倫理・医療政策・緩和医療・医療コミュニケーション)
みんなの党

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